第一回3人のコラム

○伊藤先生的雑感○

ごくたまに、ある種定期的に、一人焼肉に行きます。何かしらが忙しくて、夜12時近くになってようやく最寄り駅に着くような日に、行きます。行くのはいつも、安いチェーン店の焼き肉屋ですが、あまり混んでいないので、ゆったりできます。
一人で飲みに行くことはよくありますが、一人焼肉は普段の一人飲みとは全く違います。何というか、いい意味で退屈な時間なのです。肉を網に乗せて、特に期待などもせず焼けるの待っています。別に、特段焼肉を楽しみにしているわけではないので、本当に、待っているという感じです。

そういう、こっちから選択した待ち時間みたいなものが、なんとも言えない気分にさせてくれるのです。なんとも言えないというか、「無」の気分とでも言うのでしょうか。考えてみたら、一人焼肉に行くときというのは、いつも「無」になりたいときでした。「ストレス発散」的なことではなく、もっと、焚火みたいな感じです。

「無」になれる場所は結構少ないと思います。普段の居酒屋での一人飲みは、「無」の話とはちょっと別ものです。それはどっちかというと、「ストレス発散」に近くて、もう少し積極的なのです。一人焼肉は、じーっとしたいだけです。火を見たいのです。

そういう意味では、何かを見ることに特化した居酒屋というのがあってもいいのかもしれません。例えば、ロの字カウンターの真ん中が厨房ではなくて、池とか噴水になっていたり、壁一面が水槽になっていたり、TVが12台あって12チャンネル見られたり…。

結局のところ、時間を潰したいんだと思います。もっと正しく言うと、積極的に暇な時間を過ごす経験がしたい、という感じです。普段の生活に、有意義さが求められ過ぎているので、積極的に不毛な時間を求めているのかもしれません。こう言っておいて、僕はせかせかと効率よく動くタイプでは全然ないのですが。それでも、もっともっと退屈な時間を求めています。

 

■ソーシキ博士の教えてちょーだい!■

数年前、コーヒーにハマりだしたという知人にどこのコーヒーが美味しいのか尋ねてみました。

「けっこう色んな所で飲んだけど結局セブン(イレブン)が一番かな?」

へー、などと頷いてはみたものの脳裏に響く自分の声は別のことを叫んでいます。

「口を閉じろよファッション野郎!味がわかんないなら泥水ににぼしでも浮かべてすすってろ!」

言い回しや表情、些細なことが気になって悪気のない相手の言葉を歪めて捉えてしまう、悪いクセ。
かように心がせまい私は人からものを教わるのが苦手です。

そんな私が毎週食べ物のことを教わる時間があります。
土曜のあさ4時55分からテレビ朝日で放送している土井義春先生のおかずのクッキングです。

土井先生はいい。

おごらず、気どらず、自然体。それなのに粋でお洒落で茶目っ気もたっぷり。
久富アナとの掛け合いも微笑ましく、仲の良い親子を見ているようです。

土井先生のレシピはこちら側に無理を強いません。
つい料理を楽に楽に処理しようとする視聴者の心を否定せず
「それでいいんですよ」
と上品な京都なまりでゆるしてくれます。

土井先生の『洗い米』は少しの手間で魔法のようにお米が美味しくなります。
手順は以下です。

1.米をといでざるに上げ水はけをよくするためドーナツ状に広げる
2.そのまま40分程度おいておく
3.お米と同じ体積の水を入れて炊く

これだけ。保温してもしばらく味が落ちません。
最初に口にした時は美味しくて美味しくてとても感動的でした。
大げさではなく心が浄化されなにか自分が正しい光に包まれた気がしたのです。
洗い米を知ったいまの自分ならコーヒー通の知人を心の中で罵倒せずに違う形で彼の話を受け止められたかもしれません。
そんな風に思えるのはきっと、彼とすっかり疎遠になっているせいなんだと思います。

 

▲ブタジのガンバリヤ宮殿▲

秋の味覚といえば栗、松茸など色々なものが浮かびますね、今日は銀杏の話をします。
銀杏は好きで、今ではよくストーブの上で炙って食べたりするほどです。でも小学生までは大嫌いでした。給食に出るといつも残していたのですが、教頭先生に催眠術で食べられるようにしてもらいました。

教頭先生は良い人でした。よく学校を回ってみんなに話しかけており、優しかった印象があります。ある日教頭先生と話していると、私は催眠術が出来るぞ、と言われました。友達は跳び箱が飛べなかったのを催眠術で克服したそうで、僕は嫌いな銀杏を食べられるようにしてもらおうかな、と思いました。幼い考えなので、催眠術がなんか危なそうとかいう気持ちもなかったです。今は絶対ダメでしょうね、不審者です。

お昼の放送などで使う放送室に入り、少し話をした後、目を瞑るように指示されました。そして、銀杏のどういうところが嫌いかを細かく聞かれ、箸を使って僕にイメージの銀杏を食べさせました。次に、銀杏の悪い印象が全部良くなるように想像させ、もう一度箸で僕に銀杏を食べさせました。大体そんな流れでした、それだけで食べられるようになりました。

こんな簡単な催眠術を、良く信じられたなと思い出します。今でも美味しく銀杏を頂いていますが、催眠術ならいつか醒める時が来るのですかね。是非醒めないで欲しいです。でも食べ物の好き嫌いは別に克服しなくてもいいと思ってます。嫌いなら食べないでよし。それでも克服したい物があるなら、鏡の前で自己暗示するなどしてみなさん頑張りましょう。

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